5 試練その二
この試練は一に比べると遥かに厳しい試練で、今思い出しても涙ぐんでしまうほどだ。
骨折からさらに半年経った頃、正月にまた里帰りをした。今回は骨折はなかった。というか、あれからは懲りて、なるべく車からは抱っこして降ろすようにしていた。
楽しい正月を過ごして、明日はもう帰るというその日、事件は起きた。
この頃、アメリカへの転勤はもう決定しており、私は学生時代の友達など、もう当分会えなくなるからと、子供を預けて遊びまくっていた。
その日も、みなとみらいのホテルで友人と食事の約束をしており、主人に駅まで送ってもらった。まさに出発しようという時、ガレージの横の窓に張り付いて、「ボクもつれてって―」と、ガラスをかきかきしているアレックスの姿が見えた。
「連れて行こうかな?」
と一瞬思った。お見送りや、お迎えに一緒に車に乗っていくことは良くあった。しかしこの時、私はベルベットの洋服を着ていた。アレックスを抱いたら、毛がかなりついてしまう。それを気にして、私はそのまま主人の運転する車で実家を後にした。後に、私はこのことを死ぬほど後悔した。毛がつこうがなんだろうが、一緒に連れて行けば、アレックスはあんな目に合わずにすんだのだ。そのことは今でも苦い悔いだ。
何も知らずに楽しく友人と食事をして、4時ごろ帰宅した私を主人が深刻な顔をしてで迎えた。
「落ち着いて聞いてくれよ。アレックスが車にはねられた。」
一瞬、目の前が本当に暗くなった。
「それで?」
「今、病院にいる。」
私の頭には、母の目の前で車にはねられて死んだ飼い犬のことがよぎった。母もすぐに病院に担ぎ込んだが、息があったものの
「時間の問題ですね。」
と言われて、結局安楽死の道を取った。
だから、病院にいると聞いても私の心はますます不安になった。
「まだ、助かるかどうかわからないんだ。結構大きな病院でね、犬用の輸血用の血液なんかもそろっているんだって。最善を尽くしてくれているから、今はちょっと病院へ行くのはやめよう。いっても何もできないから。」
その上で事故の状況を説明してくれた。
これはアレックスが外でトイレをするようになったことと、私たちが車で出かけた時に、ガレージの戸を閉めなかったことが原因だった。
最初は確かに、室内でのトイレトレーニングをしていたのだが、予防接種がすんで、外に出したところ、外でトイレをしたのが快感になったのか、それからは、トイレに行きたくなると、2本足で立って窓をかいかいして合図をするようになった。
うちの庭にはフェンスが張り巡らされていて、外の道路にはでることが出来ないようになっていた。その上、庭は道路から少し上がったところに作ってあったので、アレックスにとっては非常に見晴らしがよく、尚且つ通りがかった人に頭をなでてもらったりして、アレックスは外が気に入っていた。
だから私もしょっ中出していたし、そういう意味でアレックスは外に慣れていた。実家もフェンスがあったので、私は迷わずアレックスを庭に出していた。ただアレックスは、この庭でよく吠えていた。普段あまり吠えないのに、へんだなあ、と思ってはいたが、そのうちにそれは、向かいの社宅に住み着いた野良猫に向かって吠えているのだと気がついた。
私たちが駅に向かって出かけた同じ頃、アレックスは私が去ったこともあり、さみしそうにしていたが、そのうちいつものように立ち上がって、サインをし始めたという。このサインにすっかり慣れていた義母は、何の躊躇も無くアレックスを外に出してやった。義母はまさかガレージの戸が開いているとは思わなかったのだ。
外に出てから本当にすぐに、大きな犬の悲鳴が前の道路で聞こえたという。
義母が慌てて外へでると、実家と社宅の間の道路にアレックスが横たわっており、その周りに血が広がっていたという。
これはずるいことだが、私はその現場を見なくて良かったと思った。もし見ていたら、正気ではいられなかったと思う。
義母には本当に申し訳ないことをした。
義母も以前は犬を飼っていた。だからこそ、そんな場面を見てどんなにショックだったか、と思う。
それなのに気丈にも、倒れている血まみれのアレックスを抱きかかえて、すぐにタクシーを呼び、動物病院に電話して運び込む手筈をしてくれた。家に残っていた子供達は今でも、この時のことを話してくれるが、それはもう壮絶だったそうだ。義母が着ていた白いセーターが真っ赤に染まり、手も血で濡れていてドアノブや床にまでたれたという。
アレックスはぴくりとも動かず、子供の目にも
「もうだめだな」
とうつったらしい。
外に出てタクシーを待っているところに主人が帰ってきて、病院へは一緒についていったそうだ。ちなみにアレックスをひいた人は、そのまま通過することは無く、きちんと降りて来て謝ってくれたらしい。その人かどうかわからないが、誰かが警官を呼んで、主人が帰った時にはその場にいて事情を聞いていたという。
私が思うに、アレックスは社宅の方向に猫を発見して、道路に飛び出したのだろう。そこに運悪く車が来ていてぶつかった。だから、運転手にはほとんど非はないと思う。むしろ犬を轢いてしまって、後味の悪い思いをさせた、と申し訳無く思った。30歳くらいの男性だったそうだが、この方はご自分でも猫を飼っていて、飼い主の気持ちがよくわかると、この後も何度か実家に足を運んでくださり、ついには保険が下りるから、と病院代も9割支払ってくださった。その方のせいではないのに、心苦しかった。
病院に運んだ時、アレックスは目を開けていたが、視線が定まらず眼球が無気味に動いていたそうだ。これは眼底痙攣と言われるものだそうで、脳にダメージのある証拠なのだそうだ。
レントゲンも撮ったがどこも骨折も無く、内臓へのダメージもゼロということだった。ただ体温が低下しており
「ショック症状ですね。」
と医者は話していたという。若い助手のような医者も何人もいるかなり大きな動物病院で、できる限りの処置をする、と言ってくださったそうでもうそれにすがるしかなかった。
会社や学校があるので、翌日には予定通り帰らなければならなかったが、後ろ髪が引かれて、頭皮から抜け落ちるくらいに心が残った。
家に帰っても、そこかしこにアレックスの名残がある。トイレに入る時ですら思い出して、私は泣いた。小さい赤ん坊がするように、アレックスは私が行くところにどこでもついてきた。トイレに入った時も
「入れて。入れて。」
とドアをかいかいするので、個室に入れてやったこともある。私のそばで安心してうずくまるアレックスの愛らしい姿が、常に私の脳裏から離れず、私を苦しめた。
ごめんね、ごめんね。
もう何回も何回も心の中で繰り返した。
何もできなくてもアレックスのそばにいてやりたいと、胸が痛いほどに思った。子供達もショックからか、上の子はしばらく収まっていた夜驚症が出て、夜中に大声をあげて泣いたりしていた。
横浜の動物病院には毎日電話をしてアレックスの病状を聞いた。電話をかける前は、良くない知らせだったらどうしようと、手が震えた。
最初の数日は
「いいとも悪いとも言えません。」
という答えだったが、5日くらいたつと、
「今日はご飯をちょっと食べました。」
「私の顔を見て、チラッと尾を振りました。」
という明るい話が聞けて、天にも上る気持ちだった。
そして事故から7日目にやっと「退院」の許可が出た。私はとにかくすぐに車を飛ばして、迎えに行くと主張したが、主人にも義父母にも猛反対された。新幹線、そしてペット輸送サービス、挙句は飛行機輸送も検討したが、新幹線はサイズオーバーで乗れず、飛行機は脳にダメージを受けたアレックスにとっては危険だと医者に却下された。
ペット輸送サービスが残ったが、結局義父母が、京都の親類のところまで連れてくる、という案でまとまった。
10日いた病院から退院した時、アレックスは義父母を見て尻尾を振って顔中なめまわしたらしい。
「ちゃんと覚えていたんですね。」
と医者は言ってくれたそうだが、キャバリアは何しろ誰にでもフレンドリーという特質があるので、これに関しては今でも謎だ。
一日だけ義父母の家にお世話になったが、この時は、赤ちゃん返りというか、ダメージの後遺症なのか、室内に粗相をしまくったらしい。義父母には本当に申し訳なかった。
一月下旬、関が原には雪が降る中、車にアレックスを乗せて、義父母は京都まで来てくれた。親類の家の前にとめた車の中にアレックスの姿を見た時は、本当感無量だった。アレックスは順番に皆の顔をなめまくった。子供達も大喜びで抱きついていたが
「お母さん、アレックス臭いよ。」
と言い出した。確かに臭かった。今までに嗅いだことの無い嫌なにおいだった。
どちらにしても、心配だったので翌日すぐにいつもの先生のところに連れて行った。経過を話し、横浜の病院でもらった薬も見せた。
しかし先生はその薬を見て顔をしかめた。
「脳にダメージがあるときはこの薬では効きません。」
先生は分厚い医学書を出してきて実際に見せてくださった。ちょっとした講義もあったが、内容は忘れた。しかし、きちんと説明してくださるその真摯な態度は十分信頼が置けた。薬を変え、注射も打ってくれた。
嫌な匂いの原因は耳の中だった。犬の耳はそのまま脳に直結しており、脳に炎症を起こしていることを示すサインだったのだ。事故の時の出血も全て耳からであったというから、これはその時からのものだろう。
アレックスは、2度救われた。
事故の時の病院の懸命な処置。
そしてホームドクターの適切なフォロー。
この2つがアレックスの命を、そして後遺症から救い出してくれた。
この後、嫌な匂いは消え、痙攣なども一切起こさず、本当にアレックスは奇跡の生還を遂げたのだ。
事故のことは、いくつも後悔がある。しかし、あの時そのまま死ななくて本当によかった。
キャバリアは他にいてもアレックスは世界で一匹しかいない。
そのかけがえの無い命が、救われたことは、この上も無い喜びだった。
 
2月2日に一歳のお誕生日を無事に迎えることのできたアレックス
私たち家族にとって、本当に大きな大きな試練だった。
この試練を乗り越えられたことは、もう幸運、お恵みとしか言いようの無いことだと思っている。一歳の誕生日には、これからは今まで以上にアレックスを大切に守らなければ、と新たに心に誓わずにはいられなかった。
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