4 試練その一
それはアレックスと一緒の初めての里帰り中に起きた。
その頃関西に住んでいた私達は、実家のある横浜まで里帰りする計画を立てて8月にケージもたたんで車に詰め込んで出発した。
アレックスは、例の動物病院も含めて何回も車に乗っていたので、酔うこともなく、ドライブは快調だった。
何回か休憩しながら、最後に浜名湖のドライブインに入った時だった。ドアをあけるといつものように、アレックスは勇んで飛び降りた……が。
キャイン!
と一声大きな悲鳴をあげて、うずくまったのだ。
何が起きたのか全くわからなかった。
しかし次の瞬間歩き出したアレックスの後ろの右足は、地についていなかった。
実家についてからも、右足をかばい続け、さわると痛そうに泣くので、これはただ事ではない、と心配になった。
朝を待って実家の近くの動物病院に駆け込んだ。実はこの日は日曜日だったが、どうしても診てもらうつもりだった。というのはこの病院の先生とは、古くからの知り合いで、実家で飼っていた犬も全てこの先生にお世話になっていたのだ。だから休診の札も無視して戸を叩くと、すぐに出てきてくれて、特に事情を話さなくてもすぐに診て下さった。この先生にもとても感謝している。
結果はー
「折れてますね。」
え? 骨折? 車から飛び降りただけで?
「ええと、今どれくらいですか? そう6ヶ月ね。その頃って骨の形成期で、すごくもろい時期なんですよ。よくこういうことがあります。」
ええっ? それも全く知らなかった。
「ギブスをしますね。骨が細いから、普通のは無理。ボール紙でやっときます。」
先生は器用にボール紙を切って足に巻きつけて包帯を巻く。骨の位置をずらして真っ直ぐにする時は、やはり痛いのか、何回も鳴く。そして最後に先生はふたつきのプラスチックの入れ物を出してきて、
「カルシウム剤です。えさに混ぜて飲ませてあげて。」
犬にもカルシウム剤があったとは、初めて知った。これは結構好みの味らしく、アレックスはいつもフードと一緒に全て平らげていた。
このボール紙ギブスにはひとつ欠点があった。アレックスは、ギブスが気になって仕方ないらしく、暇さえあればその部分をなめたり、包帯の切れ端を引っ張ったりして、ギブズはすぐにぼろぼろになってしまうのだ。最初のギブスはしてから3日で取れ、またやり直したものの、結局帰る日になってまた取れてしまった。
関西に帰って、またすぐにいつもの先生のもとに駆けつける。
「犬は気になってすぐにとってしまうからね。大丈夫、専用のギブスがあるからそれをきつめにまいて、後はエリザベスカラーをしましょう。」
エリザベスカラー?
それも初めて聞くものだった。先生が取り出したものはプラスチックのドーナツ型のぺらぺらした物体で、真中の穴にアレックスの首を通してスナップを止める。
まるでエリマキトカゲのような面白い格好。
吹き出したいのを必死でこらえた。
「これをしていると、怪我のところに首が回せないんです。」
なるほど。すごい発明だ。
エリザベスカラーというのも、よく考えてみると、イギリスのエリザベス女王のことに違いない。有名な肖像画の中で彼女は襟が異様なほど立ったドレスを着ている。あの襟の部分と、そのカラーは言われてみるとよく似ているのだ。
かくしてこのギブズとカラーのおかげで、アレックスは1週間ほどで回復した。もちろん最初に診て頂いた先生のお蔭もあるので全治2週間というところだろう。
これがアレックスがうちに来てから初めて受けた試練だった。
 
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