3 はじめの一ヶ月
最初の一ヶ月で一番の悩みは、やはりトイレのことだった。
ネットもショップも言うことは同じで、
「サインを見逃さず、トイレシートの上でさせる。」
「きちんとできた時は、盛大に誉めてやる。」
ところが……ところがである。アレックスにはこのサインがほとんどなかった。一般的には、トイレの前に犬はそわそわしたり、ぐるぐる同じところを回ったりする。それがすなわちサインで、よく観察していればわかる、と言われたのだが、アレックスには本当にサインがないのだ。
特に大の方は、歩いていたかと思ったら次の瞬間にはもうしている。速攻なのだ。これには本当に参った。
この最初の一ヶ月はみだりに外へ出してはいけない、とショップでも言われたしネットでも見た。根拠は予防接種にある。子犬は生まれた時には、人間と同じで母犬から病気に対する免疫をもっている。人間の赤ちゃんの場合はこの免疫は6〜7ヶ月持続するが、犬は50〜70日で切れるそうだ。
それでこの頃、第一回目の予防接種をする。
内容は
ジステンバー
犬伝染性肝炎
パルボウィルス感染症
コロナウィルス感染症
アデノウィルス感染症
パラインフルエンザ
レプトスピラ症
で、混合ワクチンを3回にわたって接種する。
この予防接種が完全に終わらないうちに、お散歩などで他の犬がした糞から感染したりすると、子犬の場合は死に至ることもあるという。(糞の匂いをかぐ時に感染することがあるらしい)
というわけで、まさに昼間は私とアレックスのにらみ合いがずっと続く。トイレ用のシートを手に、アレックスの後ろをついてまわって、したらすぐにそれを足の間に滑り込ませる。が、大抵間に合わない。
ぶつぶつ呟きながら、消臭スプレーで掃除をする。毎日がそんな繰り返しだった。
幼い頃、父に犬と一緒に寝ることを許してもらえなかった私は、念願かなってアレックスと一緒に寝ることが出来たが、実はこれも一苦労あった。アレックスは、必ず1回はトイレにおきるのだ。大体午前3時ごろだったが、気配でそれとわかるので、トイレをベッドの下においておいて、起きたらその上に置くと、素直にトイレをする。
それはいいのだが、とにかく毎日だと辛い。
子供の3時間授乳の辛さにちょっと似ている。しかし、それでもケージの中で寝かせる気にはなれない。主人に呆れられながらも、私はアレックスと一緒に寝続けた。この夜中のトイレは一か月でなくなった。
 
予防接種第二回目の日が近づき、私は再びショップへ相談に行った。もらってきた時引いていた風邪はまだ治らず、咳が出ていた。こういう状態で予防接種を受けることができるのかどうか、わからなかったのだ。
「取りあえず、病院に電話してみてください。うちがかかっている病院の獣医さんは、ものすごい名医です。何でも聞けば答えてもらえますよ。」
正直言って私は戸惑った。実はうちから歩いて数分のところにひとつ動物病院があった。便がいいので、2回目の予防接種からはそこに行こうと思っていたのだ。ショップが言う病院は、車で1時間近くかかるところだった。しかし、それでもショップの人は、熱心にその病院へ行くことを薦めた。
もしアレックスが風邪を引いていなかったら、私は迷わず近くの動物病院へ行っただろう。これが運命の分かれ道という奴だった。
その病院の先生は本当に素晴らしい先生だった。若く、熱意にあふれ、しかも大変に勉強家だった。電話したら、
「とにかく状態を見たいので連れて来て下さい。」
と言われ、片道一時間、その時は心細くなるくらいの遠い道のりだったが地図を片手に何とかたどり着いた。
待合室には、診察時間前なのに人や犬、猫が沢山ひしめいていてびっくりした。待っている間に聞くとはなしに、他の方の話していることが耳に入ってきたが、私のように結構遠くから来ている人もいた。
「ずっと医者にかかっていたのに治らなかったのが、ここに来て一発で治った。」
「ここの先生は妙なプライドがないからいい。手におえないと思ったら、すぐにもっと専門の病院を紹介してくれて手続きをとってくれた。」
などなど……。それを聞いている間に、動物病院といえども、千差万別なのだ、ということがわかってきた。
診察は大変丁寧だった。随分待たされたけれど、こんなに丁寧に診てもらえるなら待った甲斐があったと思った。ショップでもらった飲み薬を変えて、注射もしてくれた。
「これでかなりよくなるはずですから、2日後に予防接種をしましょう」
実際アレックスはこの注射で死んだように寝つづけたが、起きた時にはもうけろっとしていた。それは劇的といってもいいくらいの回復だった。
私がこの先生が素晴らしいと思ったのは、とにかく全て説明してくれる点だった。どういう予防接種をして、どういう効果があって、から始まってフードについても、メーカー名を挙げて
「僕はこれをすすめます。なぜかというと、これは栄養のバランスはもちろんですが、病気を予防するような成分が入っているんです。これは他のフードにはありません。」
と、非常にわかりやすく、丁寧に説明してくれるのだ。
実際実家で犬を飼っていたときには全く知らなかったことをいくつも教えて頂いて、まさに目からうろこだった。
玉ねぎは、絶対に与えてはいけない。(玉ねぎ以外にもねぎ類は全て、含にんにく) 体内の血液を分解するので死に至る場合もある。肉じゃが、すき焼きの残りも絶対にやらないこと。
チョコレートもアレルギー反応を起こすのでやってはいけない。
鶏の骨は、体内で縦に割れて内臓などに突き刺さることがあるので絶対ダメ。
「食べ物はすごく大事です。食べ物をしっかり気をつけていれば寿命が随分違うんですよ。」
と言われ、実家で飼っていた犬に時々、人間の食事の残りをやっていたことを思い出して罪悪感にかられた。確かに最後はフィラリアだったが、こういうことを知っておけば、もっと長生きしたかもしれない。
そのフィラリアについても、説明があった。
今は月に一度、薬を飲めば完全に予防できる。5月から12月くらいまで、きっちりそれを飲ませること。これを聞いてかなり安心した。
蚤のこと
蚤やダニには大変悪質な種類がある。感染症を引き起こすだけでなく、周りの家族にも悪影響があるので必ず予防すること。
背中にたらすだけでダニには1ヶ月、蚤には3ヶ月効果のある薬がある。これを使うか、蚤とり首輪をするか、と言われ、薬の方を選んだ。
他にもしつけの仕方などがかかれた本から、大事なところをコピーしてくださり、本当に勉強になった。さらに、
「こんなに遠いところまで来なくても、お近くでいい獣医を紹介しますよ。」と、おすすめの病院の住所と名前を教えてくれた。私はすっかりこの先生のファンになり、帰る頃には、待合室で他の方がおっしゃっていたことは、本当のことだな、と確信までしていた。
この時の私の確信は正しかった。この後、いたるところでこの先生によってアレックスは救われることになる。
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